中小企業診断士けんけんの部屋

中小企業診断士及び銀行員として受験対策や日常業務を気ままに伝えます。中小企業診断士多年度生に特にお勧めします。

私の合格体験記(令和元年②)

おはようございます。中小企業診断士のけんけんです。

 

中小企業診断士試験について追加アナウンスがありましたので確認宜しくお願いします。

令和2年度中小企業診断士第1次試験当日における検温開始時間・場所について

令和2年度中小企業診断士第1次試験会場案内図・受験番号対応表の掲示場所について

早めの行動を心がけて下さいね。

 

さて、昨日の続きのお話から・・・。 

令和元年(平成31年)の元旦から入院した話をさせたいただきました。

正月を病院で過ごす毎日。首が痛くて正月番組も見れない状態が続いていました。

そんな最悪の正月ではありましたが、診断士を再チャレンジする決意は固まりました。

しかし、前年に尿管結石を患って新年早々に入院・・・。

まずは体調回復を優先させる事に決めました。

 

1月に退院して、まずは体質改善だという事でゴールドジムに入会しました。

あの筋肉ムキムキで有名なジムです。

24時間使えるメリットを活かして、朝5時半からトレーニング。トレーニング終了後に会社へ通う生活を始めました。

運動は診断士試験には関係無いと思われるかもしれませんが、体力がついたお陰で1日4事例を解いた際の疲労度が違います。また運動しながら1次試験の音声ファイルを聞いて、時間の有効活用を図りました。

運動に時間を割きましたので、逆に勉強できる時間は集中出来たのかも知れません。

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他にも筋肉の成長過程についてトレーナーから講義があります。

ここで「筋肥大」というメカニズムを教えてもらいます。

筋肥大とは、トレーニングにより筋繊維の一部が破断されます。その後適切な栄養と休養を与えることにより傷ついた筋肉が修復されます。この筋繊維が修復される時に以前より太くなって修復されます。これを繰り返すことにより筋肉増加に繋がる事を言います。

つまり筋肉に適切な負荷をかける事が大切なのです。軽いウエイトで続けても筋肉の破断が起きなければ、筋肥大には効率的ではありません。

ここで一つ気が付きます。

今までの診断士2次試験の勉強ってちゃんと負荷かかってる?

なんとなく過去問を解いて答えを覚えるだけの学習。

脳みそは全く働いていません。

受験歴も長いせいか過去問を解く回数は人より多い。しかし、私の勉強は過去問の論点を思い出す作業であり本番の試験を見据えた対応ではありませんでした。

まるで、おこちゃま用のダンベルを上げ続けていた状態でした。

 

それからは2次試験の勉強は自問自答の連続でした。

過去問はもちろん解きましたが、考える時間が圧倒的に増えました。

ただキーワードを抜くだけの勉強に終始していた勉強から、出題者の意図を考えたり事例企業の今後の方向性を考えたり・・・。

そうした勉強をしていると事例毎の特徴が分かるようになりました。

正解は公表されない2次試験ですが、多分出題者はこんな事を書かせたいのかな?と何となくですが分かるようになりました。分かった気がしているだけだと思いますが。

でも自分の思考プロセスは固まっていきました。

 

でもその前に私には大きな難関が待ち構えていました。

それは1次試験が振り出し状態である事です。鉄壁のディフェンス陣が待ち構えています。

1次試験は基本論点に絞りました。

過去問完全マスター1冊集中作戦。

1次試験直前なので、1次試験対策の話をします。1次試験は科目毎に60点確保出来れば合格です。

仮に合格者が60点をゲットしたとしましょう。この場合、自分の実力で取れた点数は何点くらいでしょうか?多分50点もあれば良い方です。

重箱の隅問題は解けなくて大丈夫です。頻出論点を確実に得点出来れば少なくても50点は確保できると思います。後は分からない問題でも選択肢を絞ることによって正解する確立は高まります。そんな過程を経て60点をゲットしていく事になります。

 

あと忘れていけない事は爆弾科目の存在です。私も爆弾科目に何度も出くわしました。

たぶん「はぐれメタル」よりも遭遇頻度は高いと思います。

 会場のどよめいた感じが分かります。絶望感というか・・・。

そんな時でも諦めない事です。何とか40点を確保する努力をしましょう。

40点確保出来れば、選択肢の神様が50点くらいに引き上げてくれるかも知れません。ただ諦めずに選択肢を絞る努力をした方に与えられたご褒美かもしれません。

 

1次試験まであと数日しかありませんが、諦めない事が重要です。

とにかく今まで勉強した記憶を定かなものにしましょう。あやふやな記憶は使い物になりません。

ただ過去問を解いてどうしても覚えられないものは、私は捨てました。出題されない事を祈るのみ・・・。1次試験は量が多いから割り切りの勝負かもしれません。

そんな感じで1次試験の日を迎えますが、今日はここまでにします。

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私の合格体験記(令和元年)

おはようございます。中小企業診断士のけんけんです。

 

今日から「私の合格体験記」に変わります。

何気なくこのシリーズ書き始めましたが長かったですね。診断士受験を始めてからの歴史を感じます。

長男も勉強を始めた時には3歳でしたが、今は既に中学生。二男は生まれていません。

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今日は平成30年年末の話からスタートします。

当時4回目の2次試験に不合格。1次試験は振り出しに戻る。体調は壊すなど最悪の状態です。パワハラ支店長が転勤になった事が唯一の救いでした。

 

そして診断士試験も諦めムードで迎えた大晦日に事件が起きます。

銀行は通常年末30日まで営業しておりますが、その年は28日まで営業。比較的年末はゆったりとしたペースで流れていきました。

年末の大掃除もほぼ終わり、後は紅白歌合戦を見ながらお酒を飲むというゴールデンパターンになる予定でした・・・。

しかし、なにか首に違和感を感じるのです。あれ、寝違いでもしたのかなと思っていました。でも時間が経過する程痛みが強くなっていくのです。

そして紅白歌合戦がスタート。しかし、私の首の痛さは尋常ではありません。

嫁に「これダメだ」と言って病院へ直行。

さすがに「ダメだこりゃ」と、いかりや長介のモノマネをぶち込む余裕などありません。

ただ病院に着いたまでは良いものの、年末なので医者もあまりいない状態。

病院のベットに寝たままが時間が過ぎていきます。

「あれ、俺忘れられてる?」と本当に思いました。

本当は紅白歌合戦で「竹内まりや」とか「King Gnu」とか見ているはずが、病院の天井しか見えない。首の激痛は相変わらずのまま時間だけが経過。

しばらく経って検査スタート。レントゲン、MRIなどの検査を経ても良く分からない。大晦日に病院に活きましたが、検査が終わったのが元旦を過ぎていました。

いつ元旦を迎えたのかも分からない・・・。

そのまま入院です。痛み止めを打っていたので、痛みは少し和らいでいました。

病院のベットで目覚めたら、ベットにネームプレートが付いていました。

入院日 平成31年1月1日

元旦からなんじゃそれ。「本当に何て日だ!!」と小峠ばりに突っ込みました。

首の痛みは相変わらず強かったです。首が動かない事は本当に辛い事です。

自分で起き上がる事が全く出来ないのですから・・・。

病名は「頸椎石灰化症」というものでした。

カルシウムの固まりが首に出来てしまい神経を圧迫する病気です。

医者からは手術しなくても治ると言われましたが、首がこのまま動かないのでは無いかという不安はありました。

正月は医者がいないという理由で10日ほど入院していました。その間、病院のベッドの上でいろいろ考えました。

診断士試験は結局8年かけて合格出来なかったくやしさ。診断士の勉強をした事でいろいろな知識を得た事には間違いありません。

しかし、合格と不合格ではやはり違います。合格しなければずっとこの悔しい気持ちを引きずって生きていくのか・・・。

ここまで勉強を頑張ってきた事実はあります。しかし、合格出来なかった事実も残ります。このままでは負け組では無いか。

考え出すとネガティブ思考が広がります。この時期、パワハラ支店長に精神的にズタボロにされた後遺症からポジティブに考えられない状態でした。

首もこのまま動かないかも知れない。私の人生は一体・・・。

ここで何だか吹っ切れた気がしました。

「このままではダメだ!!」と思う気持ちと「人生もっと楽しまなければダメだ!!」と考えました。

「もう一度診断士を目指そう」という決意が固まりました。

ここから私の反撃が始まります。

では今日はここまでにします。

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私の失敗体験談(平成30年②)

おはようございます。中小企業診断士のけんけんです。

 

診断士1次試験までカウントダウンが始まりました。

これからは頻出論点の記憶を定着させる事が大切です。今から新しい事を勉強しても不安になります。マニアック論点を勉強しても、出題される確率は低いと思います。

「限られた時間の中で何が出来るか」考えて、この1週間を過ごして下さい。

私だったら中小企業経営政策などの暗記科目強化+鉄板論点の復習を行います。

それに加えて体調管理。いろいろやる事があって大変ですが、頑張って下さい。

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昨日のブログはパワハラ特集みたいな記事になりました。結構辛い過去です。

余談にはなりますが、先日、会社でパワハラ対策のビデオを見せられました。被害を受けた私と同僚から出た言葉は「この程度でパワハラになるの」「この設定じゃ甘すぎる」「我々でこのビデオ作ったら、もっと迫力があるものが取れる」と盛り上がってしまいました。

こんなビデオ見せる前に有名なパワハラ支店長を何とかしろ!と言いたくなりますが・・・。

パワハラのエピソードはいくつもあるのですが、診断士試験に話を戻しましょう。

劣悪な職場環境の中で働いていたのでモチベーションは決して上がりません。

でもこの年の2次試験に落ちたら、また1次試験からやり直しです。

「振り出しに戻る状態」は何としても避けたい。でもモチベーションは上がらない。

負の無限ループの完成です。

でもこのままではいけないと思い、8月から予備校の2次直前演習に参加します。

栃木から池袋に毎週通う生活が始まります。

昨年2次試験を受験していたお陰で予備校の答練も良い点を獲得できました。

過去問演習も繰り返して、模擬試験もA評価。事例4の演習では100点を取ったり対策は十分な状態でした。

しかし2次試験は本番当日の依存度が高い試験です。

国家試験で1年に1度の試験。たまたま本番当日に書いた答案が正解ドンピシャの解答であれば合格する訳です。たとえ答練や模試の成績が悪かったとしても・・・。

これは私の嘆きではありません。

私は事前の答練や模試の結果が良くても、その原因は予備校の出題形式に慣れただけだったのです。

結局は本試験に対応する実力は無かったのです。見せかけの実力です。

 

タキプロWeb勉強会でも受験生の皆様から質問を良く受けます。

「過去問は解けるのですが、新作が全く解けません。」

過去問を一度解けば論点は分かります。

でも「予備校の新作問題が解ける=診断士本試験の問題が解ける」この方程式は成り立つ場合もありますが、成り立たない場合も多いのが事実です。

予備校の問題が本試験の傾向と合っていれば良いですが・・・。

これは1次試験終了後に対策を書いていきましょう。

 

パワハラ被害を受けながらも診断士2次試験対策は頑張っていました。

診断士試験合格すれば何かが変わると信じて・・・。

 

平成30年の結果から申し上げましょう。

CBABで不合格です。

事例3は安定のA評価。事例4は予備校の答練で満点を取ったわりに、本番ではこんなものです。

事例1がまさかの41点・・・。ダメだこりゃ(いかりや長介風)

平成29年の試験結果はBCABです。

事例1と事例2の成績がひっくり返っただけです。

1年間で何も変わっていない。結構辛いです。

 

来年1次試験からもう一度。2度目の振り出しに戻るを経験しました。

この時点でもう受験を止めようと真剣に考えました。

 

仕事面で少し変化がありました。

パワハラ支店長が転勤になりました。しかし、パワハラの後遺症で体調面は優れず。尿管結石にかかり救急車で運ばれるなど結構大変なことに。

尿管結石の時は、めちゃ痛かったですね。

松田優作の「なんじゃこりゃ」の気持ちが分かったような。若い人は知らないですかね。すいません、おじさんトークです。

今日はここまでにします。

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私の失敗談(平成30年)

おはようございます。中小企業診断士のけんけんです。

 

1次試験開始までの最後の土日ですね。準備は大丈夫でしょうか?試験の準備はもちろん、体調管理もしっかりして下さい。

試験会場までの道のり大丈夫ですか?私は去年1次試験は渋谷フォーラムエイトで受験しましたが、完全に迷子になりました・・・。

おっさんの私にとって渋谷は立ち入り禁止だと思ってました。大学は埼玉に住んでいましたが、東京と言えば池袋のイメージしかありません。その先は若者しか立ち入り禁止かと・・・。事前の検温もありますので、早め早めの行動を心がけて下さい。

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*これはお祈り画像ですが、「許して下さい」ポーズにしか見えませんね・・・。

 

平成29年まで書きました。激動のあまり3回に分けて書きました。親父が亡くなり、母親は大手術で・・・。かなり家庭環境が激変した年でした。

 

ところで私が診断士を目指した理由は先日ブログで書きました。

パワハラ支店長から回避する」事でした。

診断士1次試験を合格すれば、養成過程に派遣してくれるという事でしたので・・・。

結局1次試験は3回合格しているので、トリプルチャンスがあったはずなんだけど。

 

平成29年に家庭環境が厳しい状態になり、群馬県に転勤しました。

そこで事件が起こります。転勤先の支店長が屈指のパワハラ支店長だったのです。

 私の銀行でも三本の指に入るほどの・・・。

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転勤が決まり、銀行の同僚や先輩からも電話が鳴りやみません。

「体に気をつけて」「あまり深く考えない方が良いよ」「精神的に病まないでね」

「生きてりゃ良いこともあるさ」

中には「死ぬんじゃないよ」と熱いメッセージをくれた人も・・・。

俺はライオンがいる支店に行くのかな?と思いました。

でも私の銀行員生活の半分はパワハラ支店長だから免疫は出来ているだろうと思っていました。今思えばその認識が甘かったのですが・・・。

 

転勤先の支店では融資のチーフを務める事になります。私は融資歴が長いのですが、直前の支店では4年間預金係のチーフでした。その4年間にシステムなどいろいろな事が変わります。4年も経てば私の知識も時代遅れなのです。

 

私を含め支店全員にパワハラ行為が繰り返されました。

ある意味平等なのかも知れません。細かな事が書けないのが残念です。

人事部の知り合いに話しても「あと1年我慢しろ」だけでした。

私の席の真後ろに支店長が座っているのですが、後ろを振り向けない。

向いた瞬間に「お前の顔を見たくない」と言われる日々。ここでは書けないパワハラ行為。それを毎日繰り返される日々が繰り返されたせいで、今の職場に愛着は全くありません・・・。

当然モチベーション低下を招き、かなりの仲間が退職していきました。

これはその支店長が赴任する支店では必ず起きる現象です・・・。

診断士試験で事例Ⅰを学んでいるのに組織を変えられない悔しさがありました。自分の部下が続々止めていく。神経的に辛いです。

上に立つ人は診断士試験を学べば良いのにと真剣に思いました。でも「そういう人間」は、何を学んでも「そういう人間」でしょうけど。

部下が辞めていけば、上司である私に仕事が回ってきます。部下もその時点で手一杯なので仕事は振れない状況。私も手一杯状態。しかもパワハライケイケ支店長なので、融資に対するスタンスは何も考えていません。当然続々倒産が連発します。

負のスパイラルが続きます。

家庭が落ち着いてきたら、今度は仕事が超ド級の地獄絵巻。当然勉強するモチベーションが上がるわけありません。唯一学んだ事は倒産処理に詳しくなった事くらいです。

転職サイトに登録しても、40代、地方では条件面が厳しいのが現実です。

「取引先企業を良くしたい」という思いと言うよりは、毎日を生き抜く事に必死でした。

今日の記事を振り返ると、1次試験を直前にされている皆様向けに話す事では無いですね。やはり組織としてモラールを上げなければ採算性は上がりません。恐怖政治の限界でしょうか。

今日の記事の結論は「パワハラダメ絶対!!」って事でしょうか。

中小企業診断士という試験は勉強期間が長期に及ぶケースが多いです。その間にはいろいろな事が起こります。

モチベーションが上がらない時はあります!!スラムダンクを読もうが、下町ロケットを見ようがダメ。半沢直樹を見て10倍返しをしようと思ったことはあります。

コロナウイルスの影響で今年試験を断念した人が多いですね。苦渋の決断だと思います。モチベーションが落ちている方も多いと思いますが、頭の片隅に「診断士」という言葉がよぎった時には是非勉強を再開して欲しいなと個人的には思います。

「絶対合格してやるぜ」という方はそのまま勉強を頑張って下さい。

今日はここまでにします。

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私の失敗体験談(平成29年③)

おはようございます。中小企業診断士のけんけんです。

 

平成29年も3回に分けて書いています。この年は結構盛りだくさんの年で2回では収まりきらない・・・。

 

大手予備校の2次試験対策講座に毎週通学して、新作の答練でも点数が取れてきました。もしかしたら、合格できるのは無いか・・・。そう本気で思っていました。

しかし、そんな簡単な試験では無い事は明らかですが。 

 

そして本試験の日を迎えました。

もうこの時点で勉強開始してから6年経過しています。

本試験の日にいろいろな思いがぶつかり合い、気合モードが入ったのを覚えています。

ゆずの「栄光の架け橋」を聞きながら試験会場に入りました。

誰にも見せない泪があった

人知れず流した泪があった

決して平らな道ではなかった

けれど確かに歩んで来た道だ

あのイントロからこの歌詞までで涙ウルウル状態になっていた事を覚えています。

しかし超気合モードは2次試験ではあまり良くありません。

「冷静に今までやってきた事を淡々とやる。」これが2次試験の極意ですが、この時、既にバランスを崩していました。

 

そして試験が開始されました。

久々の事例1は衝撃を受けました。お菓子屋さんメーカーの話でした。

「ちょっと何言ってるか分からないんですけど・・・」サンドウィッチマン状態です。

事例2は介護ベッドの事例でした。当時はキーワード至上主義で「井戸端会議」推しの解答に。自分では普通にこなせたと思っていました。

昼くらいに気持ちが落ち着いてきましたが、その時点で既に折り返し地点は過ぎています。事例3、事例4はそこそこ出来たと思います。

本当であれば「新身の新月面が描く放物線は、栄光への架け橋だ!」という実況と共に私も合格するはずでした。

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しかし、そう上手くはいかないのが現実です。

結局BCABで不合格です。事例2が40点台ではダメダメです。

そういえば事例2は昔から苦手だったな。過去問のキーワードを覚えるだけの勉強だから本試験に向けての勉強では無かったのです。それに気づいたのは後の事になりますが。

この時は事例1と事例2を強化すれば来年合格できる!!と勝手に思っていました。

これで平成29年の本試験は終了です。

前回のブログで母親が歩けない状態であると書きました。大腿骨頭壊死という病気で、10月に人工関節の手術をしてそのまま1ヵ月間入院。試験が出来なかったという干渉に浸っている暇もなく日常が過ぎていきます。

今では母も歩けるようになりましたが、リハビリも大変でした。

ちなみに仕事においては、群馬県に転勤が決まりました。これは家庭が崩壊状態でしたので転勤を無理やりお願いしたものです。

これで埼玉の単身赴任生活も幕を閉じました。これで家族と毎日会えるぞ!!

ルンルン気分で自宅に帰りました。診断士勉強もこのまま継続していくぞと気合を入れていましたが。

しかし、この転勤が最悪の事態を招きます。これはまた次回に書きます。

この年の12月、痴呆が進んでいた父親が突然亡くなりました。突然血を吐いて、検査入院をしました。しかし「検査しても悪いところが見つからない」と言われましたが、次の日の早朝容体が急変してそのままです。

葬式の手配、遺品の整理などやる事満載で悲しんでいる暇も無く、あっという間に1年が終わりました。

結局10月の本試験以降、診断士の勉強は殆どする暇も無かった事は言うまでもありません。

 

この年を振り返ると

・2次本試験では「冷静に今までやってきた事を淡々とやる。」事が重要です。

・予備校の新作問題で高得点を取れる事=本試験で高得点を取れる事では無いです。

・「栄光の架け橋」はいつ聞いても良い歌です。モチベーションが下がっている方は聞いてみて下さい。

YouTubeでオリンピックの動画と共に見ると今でも感動します。あの実況は最高ですね。

「富田が富田である事を証明できれば、日本は勝ちます!!」というフレーズも感動します。

では今日はここまでにします。

参考になりましたら、是非猫クリック!!宜しくお願いします。

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